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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)2423号 判決 1994年10月31日

原告

新都市プランニング興業株式会社

右代表者代表取締役

金澤琢磨

右訴訟代理人弁護士

北村義二

被告

有限会社A

右代表者代表取締役

甲野春子

被告

株式会社B

右代表者代表取締役

甲野太郎

右両名訴訟代理人弁護士

提中良則

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載の事務所を明け渡せ。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載の事務所を明け渡し、併せて各自平成二年五月八日から右明渡しずみまで一か月金三〇万円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、別紙物件目録記載の事務所(以下「本件事務所」という。)の賃借人である被告有限会社A(以下「被告A」という。)及び転借人である被告株式会社B(以下「被告B」という。)に対し、被告らの実質的な経営者が暴力団の組長であり、暴力団の抗争にからんで本件事務所に銃弾が撃ち込まれた事件を惹起させたこと等を理由として、賃貸借契約の解除を主張し、主位的に所有権、予備的に賃貸借契約の終了に基づいて本件事務所の明渡し及びこれに対する原告の本件事務所の所有権取得の日から明渡しずみまでの賃料相当損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事務所は、鉄筋コンクリート造陸屋根五階建の通称「藤川ビル」(以下「本件ビル」という。)の二階に位置していた。

2  本件ビルの所有者であった藤川政治(以下「藤川」という。)は、昭和六二年五月一一日、被告Aに対し、期間を同日から平成元年五月一〇日まで、賃料を一か月当たり二七万円、毎月末日限り翌月分支払と定め、不動産売買に関する事務所として使用する目的で、本件事務所の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、引き渡した(甲二)。なお、その後本件賃貸借契約は更新され、賃料は一か月当たり三〇万円に増額された。

3  被告Aは、昭和六三年三月五日ころ、本件事務所を被告Bに転貸し、藤川はこれを承諾した。以後、被告Bが本件事務所を直接占有して使用し、被告Aは、被告Bの占有を通じて右事務所を間接占有している。

4  本件賃貸借契約には、借主は本件事務所内において危険もしくは近隣居住者等の迷惑となり、あるいは本件事務所に損害を与える行為をしてはならない(六条。以下「危険行為条項」という。)、借主が特別の事由なく貸主に通知しないで本件事務所を二か月以上使用しないときは、賃借権を放棄したものとみなし、貸主は本件事務所内にある収容物を処理し、この契約を解除することができる(九条二項。以下「放棄条項」という。)との各約定がある。

5  原告は、平成二年五月八日、藤川から本件ビルを買い受けて本件事務所の所有権を取得した。

6  平成二年七月二日、本件事務所に二発の銃弾が撃ち込まれる事件(以下「本件発砲事件」という。)が発生し、右発砲事件について、暴力団山口組と暴力団波谷組との間の抗争事件の一環とする報道が新聞等でなされた。

7  原告は、被告らに対し、平成二年九月六日到達の書面で、信頼関係の破壊及び被告らの賃借権放棄等を理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示(以下「本件解除」という。)をした。

二  争点

1  信頼関係の破壊

(原告の主張)

被告らの実際上のオーナーは、暴力団乙山会の会長である乙山一郎(以下「乙山」という。)で、被告らは、乙山が暴力団の資金獲得のために運営する会社の事務所として本件事務所を使用しており、本件発砲事件も、そのために惹起されたものである。このような被告らの使用は、本件賃貸借契約の危険行為条項に違反するとともに、原告と被告らとの間の賃貸借契約の基礎にある信頼関係を破壊するものであるから、本件解除は有効である。

(被告らの主張)

被告らは、被告Bの代表取締役である甲野太郎(以下「甲野」という。)が経営する会社であり、被告Bは、本件事務所を通常の不動産取引のために使用していたにすぎず、何ら違法な使用はしていない。本件発砲事件については、未だにその原因は不明であって、被告らは一方的に被害を受けたのみであり、その発生に被告らの帰責事由はない。なお、乙山が本件事務所に出入りしていたことはあるが、これは、乙山が甲野と学校時代の友人であり、不動産取引に詳しかったので、助言を受けていたにとどまる。また、甲野が、乙山に被告Bの役員であるかのように振る舞わせたことがあったが、これは、原告の暴力的な地上げが予想されたため、その防止のために、被告Bにも暴力団が背景についているように仮装したものにすぎない。

2  賃借権の放棄

(原告の主張)

平成二年七月二日の本件発砲事件後、本件事務所の外部にある被告Bの看板に黒い覆いがかけられ、被告らは原告に何らの説明もなく、二か月以上にわたって本件事務所を閉鎖して使用していなかったから、本件解除は、本件賃貸借契約の放棄条項に基づく有効なものである。

(被告の主張)

被告Bが平成二年七月二日から同年一二月まで本件事務所を閉鎖したことは認めるが、この間も同被告は原告に本件事務所での営業を再開する予定であることを伝えて賃料を持参して支払っており、原告もこれを異議なく受領していた。そして、平成三年一月からは、被告Bは本件事務所での営業を再開しているのであるから、同被告が賃借権を放棄したとはいえない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(信頼関係の破壊)について

1  証拠<省略>によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 本件賃貸借契約は、甲野と当時の所有者である藤川が交渉して成立したものであるが、その際、甲野は、本件事務所は実際には被告Bが不動産売買の事務所として使用するものの、同被告が設立前であるので、甲野が代表取締役となっていた被告Aが賃借する形としたいと説明して、藤川から了解を得た。その後、被告Aは、本件事務所の内装工事をしたが、その際、事務所として使用する目的で賃借したにもかかわらず、喫茶店のようなカウンターを取り付けたとして、藤川から抗議を受けた。これに対し、甲野は、昭和六二年六月八日ころ、建築業者の勘違いであると釈明し、本件事務所は不動産売買に関する事務所としてのみ使用することを誓約し、万一他の目的に使用した時は即時解約に応じる旨の誓約書(甲三)を差し入れた。なお、被告Aの代表取締役は、昭和六三年二月二七日付けで甲野から甲野の妻に変更登記がされたが、甲野は、実権は引き続き同人が握っていると説明していた。また、昭和六三年三月五日付けで、被告Bの設立登記がされたが、登記簿上は、代表者代表取締役として丙川三郎という名が記載され、甲野は取締役として記載されるにとどまっていたものの、実際には右丙川は被告Bの経営には全く関与していなかった。なお、本件発砲事件後の平成三年三月二五日付けで被告Bについて、代表取締役を丙川から甲野に変更する登記がされた(乙一)。

(二) 原告は、本件ビルを購入した後、その管理を柏栄不動産株式会社(旧商号の株式会社奥村ハウジングを平成二年八月二一日に変更。以下「柏栄」という。)に委託し(乙二〇、二一)、柏栄は、藤川と連名して、平成二年五月八日付けの書面で、被告Aを含む本件ビルの賃借人に賃貸人が変更した旨を通知した。しかし、この段階で、被告らに対して本件事務所の明渡しを要求したようなことはなかった。

(三) 柏栄の従業員で、本件ビルの管理を担当していた森本勇(以下「森本」という。)は、平成二年六月中旬ころ、同年七月分の賃料の請求書を持参して本件事務所に赴いたところ、乙山から室内に招じ入れられ、本件事務所奥の応接セットを置いた一画に案内された。乙山は、「被告B取締役会長」との肩書を記載した名刺(甲六)を森本に示して、話の冒頭で、立ち退きの話であったら断る旨を告げたうえ、石垣島にリゾート関係の物件を持っているので買わないかと打診した。この席には甲野も同席したが、甲野は、「被告B専務取締役」との肩書きのある名刺(甲七)を出して自己紹介した程度で、ほとんど乙山が話をしていた。この日の会話では、最初の乙山の一言以外には被告らの立退きの話は一切出ず、森本は、石垣島の物件の件は担当者と後に協議する旨回答して、一〇分ないし一五分程度で本件事務所を辞去した。

(四) その後、森本は、担当者と同道して本件事務所を訪れ、石垣島の物件について協議したが、結局商談はまとまらなかった。この時も被告らの立退きは全く話題に出なかったし、甲野は挨拶をした程度で、殆ど乙山が森本らと応対した。

(五) 被告Bは、平成二年六月末ころ、本件事務所の近くの賃貸駐車場を借り、少なくとも当初二か月余りは乙山の車をそこに停めさせていたが、賃料は被告Bが支払っていた。また、本件事務所に、乙山宛の郵便物が送られて来たことも何回かあった。

(六) 平成二年七月二日の午後零時四〇分すぎころ、本件発砲事件が発生した。その詳細は、身元不明の若い男が本件ビル内に侵入して二階への階段を駆け上がり、本件事務所前の廊下から本件事務所入り口の窓ガラスに二発の銃弾を発射して窓ガラスを貫通させ、そのまま逃走するというものであった。本件ビルは、オフィスビルや飲食店等がひしめく繁華街の一画にあり、その一階には喫茶店、三階には会計事務所、四階又は五階には洋裁学校等が入居していた。本件発砲事件が発生した時、本件事務所内では女性事務員二名が執務中で、階下の喫茶店にも客やウェイトレスがおり、三階の会計事務所でも女性事務員等が在室していたが、幸いなことにけが人はなかったものの、これらの者や近隣住民は、取材に来た新聞記者に対し、一様に白昼このような事件が起きたことに対する衝撃や恐怖を語った。当時大阪周辺では、乙山の所属する暴力団波谷組と暴力団山口組との抗争に由来すると見られる銃を使った事件が相次いでおり、本件発砲事件についても、新聞では、警察からの情報として、被告Bの実質的な経営者が乙山であることから、山口組が波谷組の資金源を断つ目的で起こした事件であるとの報道がされた(甲四、九ないし一一)。

(七) 原告が前記第二の一7のとおり本件解除の通知をしたところ、被告Aは、平成二年九月一四日ころ、弁護士鎌田杏當に委任して回答書(甲三三)を送付し、その中で、乙山は甲野に融資をしていて、その回収交渉のため、本件事務所にたびたび来所していたにすぎず、甲野は乙山が暴力団関係者であることは本件発砲事件まで知らなかった旨弁解するとともに、本件事務所の明渡しを拒否した。

(八) 本件発砲事件後、平成二年一二月末日ころまで、本件ビルの前には警察官が警備に立ち、被告Bは本件事務所の使用を停止していた。しかし、この間も平成二年七、八月分の賃料相当額を本件ビルの近くにあった柏栄の現場事務所に持参して支払い、その後は被告A名下に毎月三〇万円を賃料として供託して、現在に至っている(甲三四の一ないし四、弁論の全趣旨)。

以上の事実を認めることができる。

これに対し、甲野は、以上の外形的事実は認めながらも、乙山が被告Bの役員であるかのように振る舞っていたのは、原告が本件ビルを購入した後暴力的な地上げをしてくることが予想されたため、被告Bの背後に暴力団組長である乙山がついていると見せかけて原告の明渡要求を断念させるために甲野が依頼した偽装に過ぎず、被告らは暴力団とは全く関係のない普通の会社であると供述し、乙第三号証(乙山の上申書)及び乙山の供述中にもこれに副う部分がある。

しかし、森本が来訪した平成二年六月ころは、被告らは、原告ないし柏栄から単に賃貸人が替わったとの通知を受け取ったにとどまり、具体的な明渡しの要求は受けていなかったうえ、甲野は、原告についても、柏栄についても、どのような会社であるかよく知らず、両者の関係も分からなかったと供述しているのであるから、このように原告から何らの脅迫行為はおろか、明渡しの要求すらされておらず、原告が暴力的な地上げ業者かどうかも定かでないにもかかわらず、やみくもに地上げを畏れて、わざわざ架空の名刺まで作って暴力団の会長である乙山にその対策を依頼したというのは、不自然かつ不合理といわなければならない。しかも、乙山が本件事務所に出入りするようになった契機について、甲野は、乙山とは二〇年来会っていなかったところ、本件事務所で営業を始めてから間もなく道ばたで偶然に再会したと供述しているのに対し、乙山は、本件ビル一階の喫茶店が溜り場になっており、そこで偶然甲野に会って本件ビルの二階で不動産業をしていることを聞き、本件事務所に出入りするようになったと供述していて、両者の供述内容には食い違いがある。加えて、前記認定のとおり、被告Aは、当初本件解除の通知に対する回答で、乙山が暴力団員とは知らなかったとの虚偽の主張をし、乙山が甲野に金を貸していて、その返済の件で本件事務所に出入りしていたとの弁解をしながら、その後、乙山が被告Bの会長との肩書のついた名刺を持っていたことを指摘されるや、一転して、甲野は当初から乙山が暴力団員であることを知っており、むしろそのことを利用する目的で乙山に依頼して被告Bの役員であるかのように振る舞わせたとの、当初の説明と全く異なる主張をするに至っており、被告らの弁解は、一貫していない。以上の諸点に照らすと、甲野の前記供述はにわかに措信できず、乙山のこれに副う供述も同様といわなければならない。

なお、証拠<省略>によれば、原告及び柏栄が、本件ビルの周辺一帯にホテルの建設を計画し、昭和六一年一〇月ころから順次、周辺土地の買収を進めるとともに、右土地及び地上建物の賃借人らとの明渡し交渉をしていたことが認められるが、その過程で暴力的な手段を使ったと認めるに足りる証拠はない。なお、乙第二二号証には、柏栄が暴力団の圧力で明渡しをさせたことを示唆する記載があるが、これ自体、具体性に欠けて証拠価値に乏しいうえ、証拠<省略>によれば、乙第二二号証の作成者である戌田三郎自身が暴力団であって、暴力団事務所として本件ビルに近接する建物の一階部分42.3平方メートルを占有していたところ、当初立退料として一億五〇〇〇万円にのぼる金銭の要求をしたが、結局五〇〇〇万円で明渡しに応じたという経緯が認められるから、これをもっていわゆる一般市民に対する暴力的な地上げと目することは到底できない。したがって、この点においても甲野の主張は裏付けがなく、採用することができない。

その他、前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2 以上認定した事実によれば、被告Bの実質的な経営者は現役の暴力団幹部である乙山であり、被告Aの代表者とされていた甲野もこのことを知悉していたと推認すべきところ、被告らは、このことを秘匿し、あたかも一般の企業であるかのように装って、甲野を介して本件賃貸借契約を結んで本件事務所を使用していたものである。そして、本件発砲事件も被告らがこのような使用を継続して乙山が本件事務所に出入りしていたために惹起されたものというべきであり、被告Bの性格が上記のとおりである以上、たとえ被告らの本件事務所の使用形態が外形的には通常の一般企業の事務所と特に異なっていないとしても、被告らが使用を継続する限り、本件発砲事件のような事態が再発して、所有者である原告及び他の入居者は無論、近隣の居住者等の生命、財産等が危険にさらされるおそれが皆無とはいえないから、上記の事実は本件賃貸借契約の危険行為条項の趣旨に反し、賃貸人である原告との信頼関係を破壊して賃貸借関係の継続を著しく困難にするものというべきである。したがって、本件解除は有効なものであり、これによって、本件賃貸借契約は終了したということができる。

二  結論

以上のとおりであって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件事務所の明渡請求は理由がある。しかし、賃料相当損害金の請求については、被告らが、原告が本件事務所の所有権を取得した後も賃料相当額を支払い、平成二年九月一日以降の分についても、賃料名下であるとはいえ、原告の請求と同額の割合による金員の供託を継続していることが認められ、結局、被告らの占有によって原告に損害が発生しているとは認められないから理由がない。

(裁判官瀨戸口壯夫)

別紙物件目録<省略>

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